日本のプロップガン(この場合「映画に使用される銃器」と言う意味です)について少し語りたいと思います。
 取り敢えず「戦後の日本映画」からお話を始めれば、1945年(昭和20年)8月15日、日本は敗戦を迎えGHQの支配下に置かれます。そのGHQの指示によって戦後暫くの間はチャンバラを始めとした「暴力シーン(?)」をスクリーンで表現する事が規制されました。その規制は銃器の使用シーンにも摘要されたと考えられます、この規制は数年間続いた様です。

 1949年(昭和24年)に公開された黒澤明監督作品「野良犬」は、射撃練習の帰りに携帯した拳銃をスリ取られた若い刑事(三船敏郎さん)が死に物狂いになってその一丁の拳銃の行方を捜す、と言うストーリーなんですが、劇中に使用された拳銃は当時の警察から借りたと言われるコルトポケットの実銃が使用されています。
 劇中の画面ではモノクロで暗いため、あまり良くは分かりませんが、当時のスチール写真で確認すると、刻印までハッキリ読み取れる状態の良いコルトポケット(コクサイからモデルガンで発売されていたのと同型のハンマーレスモデルの方です)が使用されていました。劇中発火シーンはすべて単発(ワンカットで一発しか発射しない)でしたので、ブローバックしていたかどーかは分かりませんが、警察に映画撮影用に改造したプロップガンが有るとは考えられませんので、たぶん空砲(と言うより実弾の弾頭を外して紙か何かで蓋をした程度のモノ?)が使用されて、銃口から単発で火だけ出したと考えられます。
 ただこの映画の中程、鑑識課のシーンの冒頭で、拳銃用の試射箱に発射するカットで、旧陸軍の94式拳銃が使用されており、一発発射した瞬間にスライドストップが掛かって、スライド(94式拳銃の場合はボルトと言うべきですが)が後退したまま止まるのがハッキリわかります。
 もしかしたらこの場面は本物の警視庁の鑑識課で撮影されたのかも知れません、このシーンでは間違い無く実銃から実弾が発射されています。
 それ以上に衝撃的だったのは、この映画が敗戦後わずか5年目で公開されていると言う事です。別の言い方をすれば、日本人の成人男子の殆どが、その僅か5年前まで戦場で実銃で「人殺し!」を経験して(させられて?)いたと言う事です。つまり現在よりはるかに「銃」と言う物のリアリティがあった筈です。そんな時代に、小さなコルトポケット一丁のドラマを成立させた黒澤明監督の才能に脱帽です。

 スクリーンでの実銃の使用(警察からのレンタル?)はその後しばらく続きます。確認出来る限りでは、1960年(昭和35年)公開の「多羅尾判内 七つの顔の男だぜ」(東映)や、翌年公開の日活作品「紅の拳銃」等で実銃と思われる物が使用されています。
 余談ですがこの「多羅尾判内シリーズ」は剣豪俳優の片岡知恵蔵さんの現代劇ヒットシリーズなんですが、劇中の(あまり意味のない)七変化(変装)がウリで、だから「七つの顔の男だぜ」と言うサブタイトルなんですが、次のシリーズ2作目のサブタイトルも「十三の眼(ひとみ)」と言う。いともカッコ良い物でしたが、実は、七変化で(人間の眼は2つだから)14ある眼の内、「片目の運転手」と言うアイパッチを付けたキャラクターが有るために、1つ少なくなって「13の眼」になったとか、それにしても「片目の運転手」って危ないですよねえ(笑)
 この時代に相前後して製作されている、子供向けの作品、例えば宇津井健さんのデビュー作の「スーパージャイアンツ」(1957〜59年)や「月光仮面」(1958年)、「少年ジェット」(1959年)、「ナショナルキッド」(1960〜61年)と言った作品では、現在の電気発火式と同じ様な構造と考えられる、作り物の銃が使用され始めます、後に「日活コルト」と呼ばれる様になる銃たちもこの頃から使用され始めます。

 1963年(昭和38年)に公開された「独立機関銃隊未だ射撃中」(谷口千吉監督)と言う作品では、自衛隊から借り出したと言う、旧陸軍の99式重機関銃が使用されます。
 保弾板から給弾される弾丸のアップや、排莢口から排出される薬莢のアップも有って、実銃をフルオート可動させて撮影された事が画面からもハッキリ判ります。(映画としてはそんなにスケールの大きな作品では有りませんが、松本零士さんの「コクピットシリーズ」にも通じるヒューマンドラマです、チャンスが有ったらゼヒ!御覧下さい。)

 「忍者部隊月光」が撮影されたのが、「独立機関銃隊未だ射撃中」公開の翌年にあたる1964年です。この作品では、当時MGCの小林太三氏(現タニオコバ社長)の製作したランカスターサブマシンガンが、ブローバック発火しています。
 これに先立つ1963年に撮影された日活作品、石原裕次郎さん主演「太陽への脱出」でも小林太三氏製のタ二オアクション(手動式?)で排莢するルガーP08と、ゼンマイ動力で排莢するトンプソンM1921が使用されました。(どちらも電気発火とのコラボモデル)
 この時代から、モデルガンと言う物も発売され始め、映画の中でも使用される様になったんですが、まだまだ発火シーンは電気発火が主力でした。

俗に「日活コルト」と呼ばれる、金属製の電気発火銃です。現在は銃刀法の関係で金色にペイントされていますが、もともとは綺麗なブルーメッキが掛けられていた様です。
左側のイラストは、イラコバ(小林弘隆)さんの日活コルトの断面図。
「モデルガンチャレンジャー」と言う、伝説のモデルガン雑誌に掲載された物です。
イラコバさんがモデルガンチャレンジャー誌に描いた銃も、上にある銃が参考にされたと思います。

 1971年(昭和46年)の俗に言う「モデルガン規制」でプロップガンの世界も一変します。丁度この時期に製作されていたのが「ワイルドセブン(実写版)」です。
 公開(オンエアー)は、規制後の1972年になってからなんですが、製作は規制前から始まっていた様で、最初の頃の製作分では黒い金属製のモデルガン(ハンドガン)が使用されています。でも、途中から樹脂製のモデルガンに全面交替。
 この作品でもハンドガン(オートマチック)の発火シーンでは電気発火が主に使用されていますが、長物はMGC製のオープンデトネーター式のモデルガンが調子良く(?)ブローバックしています。
 ただ、作品が進むにつれて、カートや銃がくたびれて来たか、2〜3発くらい発火しては、ジャミングしている銃が目立ってきます。でもこの作品は、プロップガン的にはある意味革命的な作品であった事は間違い有りません。「モデルガン規制」によって、金属製のプロップガンは一瞬にして姿を消します

 この金属製の電気発火銃の行方についてはいろいろなウワサが有ります。「撮影所の隅っこに穴を掘って埋めた」とか、「台湾の映画会社に売り飛ばした」とか諸説ありますが、可愛い台湾の少女のテンテンちゃんが主演していた「霊幻導師」と言う作品で、悪役のデブ隊長が使用していたモーゼルミリタリーは、ど〜も東宝映画の「独立愚連隊」等に使用されていたものと同型と思われますので、まんざらイイカゲンな噂話でも無い様です。

 規制後間も無く樹脂製の電気発火銃が製作されます、これにはスミスアンドウエッソンのM39(オートマチック)風、チーフスペシャル(リボルバー)風、ブローニング380(オートマチック風の3種類が存在するのですが、この中でもブローニング380はかなりちゃんとしたディテールで、現在でも時々2時間ドラマの発砲シーン等に使用されています。
 同年に始まった「太陽にほえろ」でも樹脂製のモデルガンとこの電気発火銃が多用されています。これがその後、「大都会」(1976年〜)、「西部警察」(1979年〜)へと引き継がれる「刑事ものドラマ」の定番となりました。

1971年の「モデルガン規制」で製作される様になった樹脂製の電気発火銃です。
リボルバーもオートも内部のギミックは、同じ物を使用しています。
リボルバーの内部構造です。エジェクターロッドを一番奥まで押し込んで(この写真の位置)4連発の切り替えスイッチがスタンバイされます。
金属製の電気発火銃(上)と樹脂製の電気発火銃(中)とモデルガン(コクサイ製)の比較写真です。樹脂製のモノはなかなか良いプロポーションなのが判ると思います。

 1978年に公開された「皇帝のいない8月」(松竹)でプロップガンの歴史に残る銃が製作されます。自衛隊のクーデターを描いたこの作品の為に、当時の自衛隊の最新式のアサルトライフルの64式自動小銃が製作されました。一説では50丁(発砲用25丁、ダミー25丁?)作られたとか。確かに劇中、駅のホームに並んだ鎮圧側の自衛隊員がその位の数いましたっけ?
 その後角川映画の「戦国自衛隊」にも使用されたこの64式のプロップガンは、その後何丁かは各撮影所の小道具に売却され、子供向けのヒーロー物やSF映画の小道具として、分解改造されて、今でも時々小道具倉庫の片隅でその残骸を発見する事が有ります。

 ちなみに、きれいに残された64式の方はその後も自衛隊の出演する作品にはチョコチョコ顔を出しています。1999年公開された「ガメラ3」では劇中、奈良の山中でイリスと戦う自衛隊の先遣小隊のシーンで、本物の自衛隊員がエキストラで出演しており、実銃の64式を訓練用の空砲でブローバック発火させています。
 同じシーンでもセリフをしゃべる隊員は俳優が演じていますから、当然、電気発火式の64式を使用(発火!)。この作品は、本物とプロップガンが共演(それも発火シーンで)している珍しい映画となりました。

 「皇帝のいない8月」と、時を同じくして公開された、松田優作さん主演の「最も危険な遊戯」(1978年)や「処刑遊戯」(1979年)等の「遊戯シリーズ」、1978年に始まった「西部警察」あたりからはヤボな解説などしなくても、みなさんの記憶にも新しい事と思います。

 その後1989年から始まった、俗に言う「ビデオシネマ」の流行で、日本のプロップガンは飛躍的に発展する事になります。

「野生の証明」に使用されたAR18(無可動ダミー)と「皇帝のいない八月」や「戦国自衛隊」等で使用された64式自動小銃(電気発火モデル)。どちらもアルミインゴット製で、とても良いデティールをしています。

64式自動小銃の内部ギミックです。トリガーに連動した蛍光灯用の切り替えスイッチ(右)が判りますか?

こちらは幕末物等で使用するスナイドル銃の中味。やはり蛍光灯用のスイッチと単5電池が見えます。この銃は装弾シーンに使用する為に、ゲートが開く様に加工されています。
これはイギリスのプロップガン屋さんに現存する「エイリアン2」の植民地海兵隊が使用したパルスライフルのプロップガンです。「エイリアン2」の撮影後も、何本かのSF映画に使用された為、真っ黒にペイントされていました。通常分解の写真は貴重だと思いますよ。
我が社の電気発火のオートマチックは、出来る限りスライドが引ける様に加工してあり、スライドストップも効く様になっています。