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黒澤明監督の時代劇は、その名作に事欠かないのですが、時代をハッキリさせた作品は意外と少ないのは御存知でしたか? 後年の「影武者」は武田信玄や織田信長がいて戦国時代を舞台にした作品である事は間違い無いのですが、それ以外の作品では、人名や地名も架空のモノが使われており、時代も劇中の風俗で何となく判る(?)と言った程度の物でした。
名作「七人の侍」も御多分にもれず、時代不明の作品だと思っていました。勿論出演者の風俗やお話で、戦国時代で有る事は間違いないのですが、あの寒村も東北地方の「何処か?」くらいに思っていました。何度目かに(正確には何百回め?)にビデオを観ていた時にひとつのセリフが耳に止まりました。
三船敏郎さん扮する(後に「菊千代」と呼ばれる)浪人が、自分の家系図を持って来るシーンなんですけど、その家系図を見た勘兵衛が笑い出し、「天正2年甲戌2月17日生まれと言う事は、御主は13才か?」と言うセリフが有ります(思い出しました?)。家系図に書かれた菊千代と言う人物が天正2年生まれで、この年に13才だと言うのです。
歴史年表を引っぱり出して調べると、天正時代は19年まで有ります。この時代は数え年ですので天正2年に12年足して天正14年(1586年)が、この「七人の侍」の年(?)なんですね。ついでに歴史年表でその前後を調べると、天正10年に「本能寺の変」で織田信長が死んで、天正13年に羽柴秀吉から豊臣秀吉に改名した、その翌年なんです。
つまり戦国時代が織田信長によって纏まりかかった時にその信長が死んで、また戦が始まりそうになって、浪々の侍にも出世のチャンスが起こって、次のリーダーが秀吉になり掛かった(?)時なんですね。と言う事は、この「七人の侍」は秀吉(と言うより織田信長)に滅ぼされた、武田信玄か上杉謙信の残党だった可能性が高い様に思われます。どう思いますこの学説?
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